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2007年10月17日

Tutti

数年前に閉めてしまったが、江古田にあったビストロ「Tutti」のマスター、唄うたいで
トランペッターのせいさんが急逝して1ヶ月が経った。

せいさんが所属していたビッグバンド江古田勉強会による追悼ライブを見る事はできなかったけど、
リハーサルにお邪魔してきた。

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せいさんのお店「Tutti」は、私が通っていた学校の学生やOBで賑わっていた
ちっちゃいマンションの1階奥にある隠れ家のような飲み屋さんで、
学生生活最後の1年間週4日ほどアルバイトをさせてもらっていた。
1,000円払えばボトル持ち込みOK、チャージは500円、明け方近くまで営業。
おつまみの種類が多くてスパゲッティーやカレーもありどれもおいしくて、
いくつかのメニューは自分でも試して家で作ったりしていた。

オーバーオールがトレードマーク、駄洒落言ってのほほ〜んとおんなじ調子で
皆に接していたせいさんだったけど、なにか熱いものを持ってる、
素性はよくわかんないけどただもんじゃないと当時の私は思っていた。

私が大盛りのスパゲッティー2皿を、プルプルさせながら運び
「お待たせしまし。。」「」と言った瞬間ダーーーッとテーブルに流しちゃったときも、
ちょっとむっとしながらも黙って作り直してくれたり、
失敗してもあんまり怒られた記憶がない。
けどこういう人は怒るときっとむちゃくちゃ怖いんだ、とちょっとドキドキしていた。


卒業間近、私が悩んだり落ち込んだりしていてかなりテンションが低かったのでしょう、
お店が暇なある日「閉めるよ〜ん」と1時頃早々に店じまいして
葉山までドライブに連れて行ってくれた。
そのときも特に何を語るわけでもなく、夜景がきれいなファミレスに入り
ご飯をごちそうしてもらい「元気だせよ〜ん」といって別れた。


54歳、早いです。
笑顔と歌声と彼の曲はどれもすごく明るい。
どうしてそうだったのかって考えるよりも、
彼が表現していたものを素直に受け入れて感じたものを大事にしたい。

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コメント

うんちゃんの この日記
読んで 涙が出ちゃった!
良い方との出会いがあったんだね~!!

多くを語る人じゃなかったけど
いろいろ教わったなと大人になって
気づいたよ。

なる・・・。ラッパ会の飲み会くらいでしかお世話になることはなかったがとても感じの良い方だったことだけ記憶している。実はもう一度行ってみたいと思っていたのでとても残念です。明日とあさっては全国大会見学で上京。内藤と呑んで池袋に泊まりです。うんのは仕事だね。残念!

ありゃ。せいさん、お亡くなりに。
もう一回、行っておけば、よかった・・・

22年ほど前、Tuttiでバイトをしていました。
3日に学祭で江古田にいき、Tuttiが閉まったことを知り、せいさんに連絡がとれないかなーとネット検索をしていたらこちらに出会いました。もっと早くあいにくればよかった。卒業して田舎にかえり、縁あって東京に嫁にきたことを報告する間もなく、残念です。
でもずっとあのままのせいさんだったみたいですね。あそこでのバイトは学生時代の素敵な思い出です。バイト生?として、彼の明るさをひきついでいきたいですね。がんばってください。

いつまでもあるような気がしてしまってましたが。
お店もせいさんも最後まで変わらずいてくれた事に感謝しています。

皆さん書き込みありがとうございます!

今、私は40才になった。20年前、プライベートで世間のトラブルに巻き込まれていた時、西武池袋線の桜台に一人で住んでいて、何かに救いを求めるようにフラッと入ったのが江古田にあったTuttiだった。せいさんの語り口調や歌声やダジャレにどれだけ救われたか図り知れない。

勇気付けてくれるような気の利いた言葉はなくても、せいさんの美味しい料理や存在感だけで私は元気をもらえた。

桜台・江古田を離れて19年という長い歳月が経ってしまったけれど、最近になって急にせいさんのことをふと思い出した。

Tuttiの連絡先が分からずネットで調べた今、ここに辿り着きました。

ふと、せいさんを思い出すタイミングの悪さに愕然としました。

当時、本業を生かしてイタリアへ行くようなことも言っていたのを記憶してます。

イタリアより遥かに遠いところへ行ってしまったことが悔やまれてなりません。

私が一番堕ちていた頃、私もせいさんが店を早く閉めてくれて都内をあてもなくドライブしてくれました。
でも、せいさんにはそんな私に見せたい物が始めからあったかのように、原宿の駅前歩道橋へ駆け上がり、
明治神宮の向こう側の新宿高層ビル群のてっぺんにある無数の赤い点灯玉を指差し、「あれはUFOの基地だね。夢があるでしょう」と笑顔で言った。

馬鹿げてて、拍子抜けしながらも見つめていると、そこが都会の中の異次元・異空間のように感じられ、本当にUFOが舞い降りてくるような錯覚にとらわれた。

可笑しくなって笑った私にせいさんのは、初めて本当の笑顔を見た、と優しく言ってくれました。

せいさんの死を本当に残念に思います。

もう一度会っておきたかったと心から思います。

ネットの中に私がこうしてせいさんを思い出し語れる場があったことを深く感謝します。

明るいところに人を導いてくれようとしていたせいさんを通じて思いがけずこうした繋がりが持てた事をとてもうれしく思います。

書き込みありがとうございます!

unno 様、お返事を頂きありがとうございます。

昨夜は驚きと悲しみだけが押し寄せていましたが、こうしてunnoさんが読んで下さったことで、今とても温かい気持ちにいます。

せいさんの温かさがいろんな方に受け継がれているように感じてます。

私はせいさんが太陽みたいに思って鉛筆で沢山の太陽の絵を描いてプレゼントしました。Tuttiに飾て頂いたことがとても嬉しかった。

今日は晴れていて随分久しぶりに立ち止まり、太陽の温度を体で感じてみました。

unnoさんのトランペットの音色もきっと温かいことでしょう。

応援し続けます。頑張ってくださいね。

昨年の追悼コンサートに飾られていた写真はどれもすてきな笑顔でしたよ。

こちらこそとても感謝しています!
ありがとうございます。
日々いい笑顔で過ごせる事を願っています。

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